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官能小説「零れる月」 友人(4) 


あの日の逢瀬以来、教師の彼からは連絡が途切れた。


恋人のことを気遣っているのか、真剣に私との別れを望んでいるのか。
それとも、ただ単に業務が忙しいだけなのか…

いずれにせよ、私には知る術もない。


恋人とも、なんとなく距離を置くようになっていた。
学内などで顔を合わせるけれど、あれから部屋には呼んでいない。


少しずつ、私の中で膨らんでいく罪悪感。

どれも選ぶことができずに、流されていく自分が
酷く頼りなく卑怯に思えて。

疑いを口にも出さない恋人の気持ちも
時には鋭く私の胸を刺した。


良には、きっと私のような人間は相応しくない。
それでも、彼の穏やかな笑顔を見る度に、
この人の傍にいたいと強く願う自分がいた。


私は、ただ寂しいだけなんだろうか。
自分の気持ちすらも判らずに、どんどんと心が濁っていく。

いっそ、もっと汚れてしまえれば、いいのに。



一人きりの部屋で、膝を抱える夜が続く。
どんどん思考は暗い方へと流れて。

ルームメイトの彼女が恋しくなった。

誰かに傍にいて貰えれば、少しは気が紛れるのに。
耐えかねて恋人に電話を掛けそうになったけれど、
やはり思い止まって受話器を置いた。

一人が苦しくても、今の顔は彼に見られたくない。



時刻は、夜の十時前。
私は、ソファーに体を投げ出したまま時計を見上げる。

また、彼の電話を無意識のうちに待ってしまう時間帯。

時計の針の音だけが、静かに重々しく自分を支配していく。
耐えられない息苦しさ。


突然鳴り響いた電話の音に、私はソファーから飛び起きた。


どくどくと激しく波打つ胸。
一呼吸置いてから、その受話器へと手を伸ばす。


「もしもし」
できるだけ冷静を装った声。

「あ、美羽ちゃん?俺だよ」

「…一哉くん?」
耳に届く明るい声に、気が抜ける。


「ごめん。連絡無いからこっちからかけちゃったよ。今、平気?」

一哉の気遣う声に、最近緩みっぱなしの涙腺が震える。

「うん…大丈夫…」

「…?どうしたの?何かあった?」

声が震えてうまく返せない。
誰かの声を聞いていたいのに。


「今から行くよ。大学の近くだって言ってたよね?
半時間もあれば着くから」

「え・・・」

「大学に着いたら電話する」
「ちょ・・・」

そのまま、通話が切れてしまった。
私は受話器を握りしめて、瞬きを繰り返す。


強引さが教師の彼と重なって、切なさが溢れる。
私は、その面影を振り払うように首を振った。


でも、誰かに傍にいて欲しい。一人で居るのが耐えられない。

本当に、今から来るつもりなんだろうか。



「…ホントに来たの?」

大学構内の広い駐車場。
車の脇で手を振る彼に走り寄る。

暗闇に沈んだ広い駐車スペース。
彼の黒い車は闇に紛れてしまいそうだ。
隅の方に、置きっぱなしの車も何台か見える。


「や。ごめん。いきなり来て。なんか、声が違ってたからさ」

「ううん…」

「へぇ、此処が美羽ちゃんの通ってるとこなんだなぁ」
彼が、興味深そうに辺りを見回す。

「ちょっと散歩でもする?暗いから何も見えないけど」



彼と肩を並べて、駐車場から講堂へと続く暗い小道を歩き出す。

広く、自然に囲まれたキャンパス。
生活には多少不便だったけれど、
空気の良いこの環境が気に入っていた。

学生の数はそれほど多くないけれど、
中には広いグランドや庭園のようなものもいくつかある。


一哉の通う大学は、街の真ん中の賑やかな場所にあった。
「俺のとこは人多いけど、こんなに広くないよ」


遠くに見える講義棟の窓には、まだ灯りがいくつか点っている。

ゆっくりと歩を進めながら他愛ない会話をして、自然に手を繋いだ。
私はその温もりに安堵する。



狭い道を抜けると、目の前にテニスコートが広がった。

「そこでちょっと話する?」
コート脇の木の下にあるベンチを彼が指さす。

明かりは、頼りなくちかちかと光る電灯一本だけ。
それでも、暗さに目が慣れてきたせいか周りの様子は良く見えた。


並んでそのベンチへと腰掛ける。
繋いでいた私の右手を、彼は膝の上で握り直した。


「何かあったの?」
静かな口調で、彼が私の顔を覗き込む。

「彼氏と喧嘩でもした?」
「…そうじゃないけど」
小さな声で答える。

「…好きな人が居るの…」

私は、独り言のように話し始める。


「好きな人って?彼氏じゃなくて?」
「うん。もうずっと前から…」


彼は、頭の中を整理しているような顔をしている。
「ずっと前って、高校の時とか…」


私は彼の手の温もりを感じながら、ぼんやりとコートに視線を遣る。

「まさか、この間聞いた人?」


どきりとする。
彼の名を口に出したことを、私はすっかり忘れていた。


私の顔色が変わったのを見て、彼の顔つきが変わる。
「ちょっと待って。好きな人って…まさか佐伯のこと?」


即答できない。
否定の言葉がうまく出てこなくて、鼓動が早くなる。


「嘘だろ…佐伯とホントに付き合ってたのかよ…」

彼が大きく息を吐き出す。

「…あいつ…」
憎しみと軽蔑が入り交じったような顔。

「教え子に手ぇだしてたのかよ…」
「…やめて!」


彼の低い声を、泣き声で遮る。

「他の人に話したら許さないから…
先生だけが悪い訳じゃないの…!」


話すんじゃなかった。
このことが、もし学校にでも明るみになってしまったら…
学校だけじゃない。彼の家庭も。


「もし…もしばれたら…」
ぼろぼろと涙が零れる。

自分のしていることがどれだけ恐ろしいことか、改めて思い知らされる。
ただの恋愛、ではきっと済まされないこと。


「…判ったよ…」
弱々しい声を発した彼が、私の手を両手で包み込む。

「誰にも話さない。美羽ちゃんが困るもんな…」


「いいよ。みんな話せよ。我慢してたんだろ?」

彼の言葉に、押し込められていた感情が溢れ出す。
誰にも口に出すことのできなかった私の罪。


肩に回された腕。

私はその温もりに縋って、子供のように泣いた。






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