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官能小説「零れる月」 (教師7) 


車内には沈黙が流れていた。


私はただ、暗闇の中を行き過ぎる景色をぼんやりと見つめる。
いつものホテルへと続く道。
部屋に残してきた恋人のことが頭をよぎる。


これは裏切りだ。

さっきまでは、満たされた思いだったのに。
結局は安息の場所よりもこの人を選んでしまう自分。
いつも残るものは、虚しさだけなのに。


彼は、言葉も発さずに前を見据えたまま。

私はいつかのようにその横顔を盗み見る。
最近は、車内でも口数が増えてきた彼。
なのに、今日は一言も口をきかない。


「…彼氏はどうした」
突然破られた沈黙にぴくりと肩が跳ね上がる。

「…もう帰った」
私は、少し考えてから小さな声で答える。

「そうか」
それきり、また彼は口を噤んでしまった。

口に出しかけた言葉を、飲み込む。



「シャワー、浴びてきていい?」

いつもの、オレンジ色の澱んだ部屋。
ベッドに座って、スーツの上着に手を掛ける彼に声を掛ける。

「いいから、座れよ」

彼の脱いだ上着が、窓際の椅子の方へと放り投げられる。
私はそれを見遣りながら、彼の隣に少し距離を空けて腰掛けた。


彼は、何か考え込んだ表情のまま動こうとしない。
いつもなら、そのままベッドに押し倒される筈なのに。


「恨んでいいぞ」
「え?」

息を吐き出すのと同時に彼が呟く。
私は、彼の言葉の意味がわからなくて顔を見つめる。

「お前には恨まれてやるよ」

まるで自嘲するかのような笑み。
大きな手の平が頭に置かれて、くしゃくしゃと私の髪をかき混ぜた。


「さ、どうすっか」
明るい調子で彼が言う。

「わりぃな。なんか萎えちまって…折角来てくれたのにな」


どうして、そんな風に寂しそうに笑うんだろう。
私は、不思議な感覚にとらわれる。

18も年の離れた彼。
その彼が時々子供に見える。



おずおずと伸ばした腕。

窺うように、彼の身体にその腕を回す。
包み込むように、そっと。

彼は、そのまま動かない。


「ごめんな…」
聞き取れないほどの、小さな声。

「俺だって、判ってンだよ」


怯えるように震える鼓動。
彼の吐息が、私の髪を揺らす。


「もう、終わりにするか…?」

思わず彼の顔を見上げる。


「もう…いらないの?」
「ふ。そうじゃなくて」

彼が、困った顔で笑む。


「俺に付き合うのも、疲れただろ」

彼の指先が、ゆるゆると髪を梳き始める。



私は震える指で、彼の身体にしがみつく。

彼との逢瀬は、許されない遊戯だ。

彼が、この身体に。この遊びに飽きたら終わり。
結ばれることのない、契約にも似た繋がり。

そして、私はそれを受け入れた。


この人を失っても、私には幸せな日常が残される。
むしろ、この人を失わない限り私に安息はないのかもしれない。



彼の手が、遠慮がちに私の背を撫でる。
胸に顔を押しつけたまま、その鼓動を確かめる。

一体、どれが本当の彼の姿なんだろう。

玩具のように扱う冷たい眼差し。
時折見せる、子供のような表情。



…私は、この人に愛されたいんだ。

初めて抱かれたあの日から。ずっとずっと。
逆らえなかったのは、彼にではなく、きっと自分の感情。


「…愛してる」
彼のはっきりとした声が、耳に届く。


聞いてはならない台詞。
聞けば、私の中のバランスが崩れてしまうから。

でも、きっと。
私がこの世で一番欲しているものは…


「…抱いて…」
震える唇から泣き声が零れる。


息が止まるほど、強く、強く。

抱きしめられた腕に、私の意識はまた、浮遊する。




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