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官能小説「零れる月」 友人(1) 


「美羽ちゃん、キレイになったね」


こんなに調子のいい男だったっけ。
隣で乾杯の生ビールに口を付ける友人の横顔を眺める。


ふらふらと流されるままに二次会の会場まで来てしまった。
耳障りな程に賑やかな、声に音楽。
場所は庶民的な価格で人気のある居酒屋。
横長の座卓をずらりと囲むように、狭い座敷に皆がひしめき合っていた。



思いの外盛り上がった同窓会は、夕方で終了した。
当然のごとく用意されている二次会に、半数以上が参加すると手を挙げた。
幹事達がバタバタと慌ただしく電話をかけている。


「美羽も来るよね?」
女友達に袖を掴まれたまま、私はぼんやりと頷く。
このまま、一人になりたくはなかった。


「ねー、佐伯先生は?」
少し遠くで聞こえる声に、びくりとして耳を澄ます。

「俺はもういい。皆達者でな」
「えーーー」

彼は引き止める教え子達を軽くあしらって、
路肩に並んで待っていたタクシーに乗り込んだ。


本当は帰って欲しくなかった。
彼の乗り込んだタクシーが走り出す。
人に遮られて、彼の顔を見ることはできなかった。



「美羽ちゃん、よく飲むねぇ」

私の右隣に座ったのは、同じクラスの一哉だった。
あまり、見た目は変わらない。短髪で男らしくすっきりとした顔。
ルックスも良くて人気もあったけれど、
高校時代はずっと同じ進学クラスの女子とつき合っていた。


「私、そんなに飲めないのよね」

頬はきっと真っ赤で、耳まで熱い。
私は梅酒だのサワーだの、飲みやすいアルコール類を速いペースで重ねていた。


私は普段お酒にとても弱い。
でも、今日は妙に意識がはっきりして、いくらでも飲める気がした。
飲めるだけ飲もう。今は何も考えたくない。


「一哉くん、彼女とはどうなったの」
人形のように可愛らしかった彼女の顔が浮かぶ。

「ああ、あいつ県外に進学しただろ?
しばらく遠距離してたけど、やっぱり続かなかったよ」
「へぇ・・・そういえば彼女、来てなかったね」

私は彼と他愛のない会話を交わしながら、杯を重ねた。
左隣に座っていた女友達も、その隣の友人との会話に夢中で。


「俺、美羽ちゃんのこと気になってたんだよね」
生ビールから、熱燗へと移行した彼が明るい調子で言う。

「うそばっかりー。酔ってるんでしょ?」
けらけらと笑い飛ばす。


教師である彼との逢瀬に精一杯だったあの頃は
同年代の男子に何の興味もなかった。
その私が異性としての興味を持たれるなど、あり得ない話で。


「ホントだってば。美羽ちゃん、なんか大人びててさ。
上手く言えないけど…なんか他の子とはちょっと違ってたから」


「…でも、ホント、キレイになったよ」
彼がまっすぐに私の顔を見つめる。

私は軽く笑い返すと、頬杖を付いて呟いてみる。
「私…佐伯先生のことが好きだったのよね」

名を呼ぶと鼓動が早くなった。
彼が好き… 口に出すと、抑えている感情が溢れ出しそうになる。

「へぇ、やっぱり大人だったんだなぁ」
予想したとおり、軽い返答が返ってきた。


教師で、18も年が離れた妻帯者。
彼への恋心は、憧れで終わったはず。
誰もがきっと、そう思うだろう。


「美羽ちゃん、今彼氏居るの?」
「いるわよ。同じ大学の人」
「へぇ・・・羨ましいな」
「一哉くんこそ。モテるでしょう?」


私は、必要以上に彼の体に触れていたかもしれない。
座卓の下で、伸ばされた彼の手が私の右手を握る。
私は、皆に見られぬように、その手に指を絡めていた。



「そろそろ三次会に移動しようか」
幹事達が声を掛けて、皆が立ち上がる。

私達は、ずっと片手を握り合ったまま飲んでいた。
汗ばんだ手をゆっくりと解く。
温もりが恋しくて、寂しい気持ちになる。


ぞろぞろと、次の会場目指して夜の街を歩き始める。
流石に足にきているようだ。
ふらついてまっすぐ歩けない。

「美羽ちゃん、調子悪そうだから、俺送っていくわ」

並んで歩いていた彼が、女友達に声を掛けた。
「えー、美羽、大丈夫?」

気分が悪いというわけでもなかったが、彼に従うことにした。
「ん、また連絡するね。今日は楽しかった」

「一哉、送り狼にならないようにねー」
軽く冷やかしを受けながら、皆から離れる。
彼は、逆方向へとゆっくり歩き始めた。


「大丈夫?」
彼が、そっと肩を抱く。

「うん・・・平気」
肩に少しより掛かる。熱い体。


そのまま、二人はタクシーを後目に路地へと入った。
「もう少し、話しよう」

肩を抱かれたまま、淡いピンクの照明に照らされる。
その建物を見上げて一瞬躊躇したけれど、
私は大人しく彼に従って中へと入った。


エレベーターに乗り込む。
流れる沈黙。

彼が部屋を選んでいる間、
私は長い絨毯の続く廊下を眺めていた。






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官能小説「零れる月」 友人(2) 


清潔感のある部屋の中で、私たちの意識は少しだけ健全に戻っていた。


いつも教師の彼と逢瀬を重ねる部屋は、暗くて重々しい。
必要以上に照明の落ちたオレンジ色の部屋はとても狭くて。
人目を避けた、行為の為だけのスペース。

いつもそんな部屋で抱き合っていたせいか、
設備の整った真新しいホテルの広い部屋は
淫猥な雰囲気で染められないような気がした。



二人は、ベッド脇に置かれたソファーに並んで座った。

「ごめんな。こんな所に連れ込んで」
一哉が、ばつの悪そうな顔で口を開く。

「ううん。もう少し一緒にいたかったから…」

私の言葉に、彼がおずおずと肩を抱く。
私は静かな気持ちで彼の肩に寄りかかる。


「美羽ちゃん。何かあったの?」
今度は心配そうな顔。

欲望と戦う彼は、とてもいい人だと思った。
一方で、私はいたたまれない気持ちになる。


「ううん…別に何もない」
「どうしたの…甘えたいの…?」

向き合った彼が額をくっつける。
「キスだけなら…いいよね?」


彼は、窺うように少しずつ唇を重ねてきた。
少し乾いた、固い唇の感触。

私は、軽くその唇を食む。
彼の鼓動を感じるけれど…
私の胸は波を打ったように静かで。

夢の中の出来事のように、彼の唇をただ、感じる。
静かな部屋の中で、小さく水音が響いて。
彼の息に熱が籠もっていく。


舌が割り入れられて、口内をゆっくりとかき混ぜる。
片腕はしっかりと腰を抱いて、
もう片方の手は弄ぶように私の髪をかき上げていた。

時折耳元にかかる刺激に、ぞくりと身を震わせる。


「…っ…ふ…ぁ」
小さく息を漏らす度に、唇がより深く合わせられて。

優しくて情熱的なキス。
この人はとてもキスが上手だ。


舌をゆっくりと絡める。
零れた唾液が口元を濡らす。

力を抜いて体を委ねると、
抱き合ったままでソファーからずり落ちた。

テーブルとの狭い隙間に落ちても、
私たちは貪るように唇を重ねることを止めなかった。

荒い息、絡み合う唾液の音が大きくなって…
体が熱くなって、びくびくと女の部分が欲するように震える。


彼が、唾液の糸を引かせながら、ゆっくりと体を離した。

「やべぇな…」
彼は、独り言のように呟いて苦しげな表情を見せる。

床に組み敷かれた格好のまま、私は何も言わなかった。
彼は私に笑みを向けると、ベッドへ行こうか、と優しく抱き起こした。



大きなベッドの中に二人で入る。

彼は片腕を投げ出して、私の頭を乗せた。
腕枕の格好で、包むように私の頭を抱く。

額にキスを落としながら優しく髪を撫でる彼。
私は、その表情を間近で眺める。


「キスだけな。キスだけ」
彼が言い聞かせるように呟いて笑う。

時折、強く抱きしめて唇を重ねる。
そして、貪るようなキスを引きはがすように
体から離れては、また抱きしめられるのだ。

その繰り返しに、私の頭は朦朧としていた。


「…したくないの…?」
泣き声に近かったかもしれない。

「…いいの?」


彼の体が、息もできないほどに強く私の体を包む。

唇から離れた舌が首筋を舐め、彼の手の平が全身をゆっくりと這う。

甘い息が零れる。
抱きすくめられたまま背中のジッパーが腰まで下げられて、
ワンピースがするりと簡単に剥がれた。
露出する黒の下着に、黒いストッキング。


「エッチな下着…」
「ぁ…でも…シャワー浴びさせて…」

「いいよ。このままで」
彼が慣れた手付きでホックを外す。

「嫌…駄目…汗かいてるから」
「どうせ汚れるだろ?」


抵抗する私に、彼の目つきが変わった。
「美羽ちゃん…Mだろ」
「え…」


そんなこと、考えたこともなかった。
困惑する私に、見せつけるように彼が舌を伸ばす。

「言われたこと…無い?」

視線を合わせたまま、乳首が舌で弾かれる。

「ぁッ…あああ!」
全身に痺れるような快感が走る。


「動かないで。じっとして…」
両手がベッドに縫い止められる。

「こっち見ててよ。舐めるとこ…見てて」

私は抗らえずに、彼の声に従う。

「ほら…もうこんなに勃ってる…」

固く尖った乳首を淫猥に舌が這い回り、乳輪が唾液で光る。

「ぁ…ぁ」

「気持ちいい?」

「…ぅ…」

「ちゃんと言わなきゃ、判らないよ」

彼が乳首に歯を立てる。
体が跳ね上がる。

「痛い…?気持ちいい?」

彼の言葉に全身の力が抜けて、感覚が研ぎ澄まされていく。
「ぁ…きもち…いい…」


ショーツは、ぬるぬると愛液で滑っていた。
私は太股を摺り合わせながら腰を捩る。

「…ぁ…はやく…」

「何?口で言わなきゃ俺、判らないよ」
舌先で乳首を突きながら、彼が押し殺した声で言う。

「…下も触って欲しいの?」
「…ぁ…」

「ちゃんと口で言って」
「ぁ…っ…く…下も…触って…ぇ…」


黒いストッキングは、下着ごと引きずり下ろされた。
裂かれるかと心配したけれど、帰りのことも考えてくれたのだろう。
丸まったストッキングは足先から抜かれて、私は全裸になった。


「エッチな体してるな」

羞恥と、軽い恐怖で足先が震える。
彼は優しい笑みを浮かべると、背を向けて自分の服を脱ぎ始めた。
背中の隆起が見える。男らしい体。


「脚、開いて」
「ぇ……だめ…嫌ぁっ…!」

秘部を覗き込もうとする彼を脚で蹴って抵抗する。

「…後で見せて貰うからな」
笑いながら彼が覆い被さる。

固いものが腿に擦りつけられて、一瞬我に返る。


「いれる…の…?」
「…こんなに濡らしてるのに…?」

くちゅん。
秘部に触れた指先から、恥ずかしいほどに音が零れて耳に届く。


「おもらししてるみたい…」
耳元で囁きながら、割れ目を指先がゆっくりとなぞる。

クリトリスに、触れるか触れないかの優しい刺激。

「…ひ…ぁ……ぅ…」
とろとろと愛液が溢れ出す。

「まだ出てる。ほら…俺の指、どろどろ・・」



唇が塞がれる。
優しい刺激で膨らんだクリトリスが、びくびくと快感を伝える。

「ぁ…ぅ…きもちいい…」

「どこが…気持ちいいの…?」
唇が触れる距離で甘く誘われる。


「…っ…」
「おまんこ…きもちいいの…?」

「ぁっ…ぁ…おまんこ…きもち…いいっ…」


彼の動きに合わせるように、ゆっくりと腰を揺らす。

彼はわざと音を立ててるように弄ぶ。
ぴちゃぴちゃとクリトリスが指の腹で叩かれる度、悲鳴に似た声が上がる。


「腰、動いてるよ」
「きもちいい…きもち…いいの…」

「ほら…もっと」
「あ!!私…気持ちいい…おまんこきもちいい…の!!」


びくびくと膣の奥が痙攣する。

「…っ…ぅ…ぁ…あ、あ、あ…!!」

指も入れられてないのに、私は達してしまった。





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官能小説「零れる月」 友人(3) 


「…いっちゃったの?」

彼が額をくっつけて覗き込む。
羞恥で顔が染まる。


「…ごめん…なさ…い…

「美羽ちゃんは敏感だな。可愛いよ」
彼が、びくびくと震える箇所から指を離す。

「ほらみて」
差し出された彼の手は、手首まで愛液にまみれて。

「いや……」

彼は、視線を逸らそうとする私の前で、その指先を口に含んだ。

「おいし…美羽ちゃんの味がする」
「やめ…」

腕ににすがる私の耳元で彼が呟く。

「もう、俺も我慢できないんだけど」


一度達して、私は少し正気に戻りかけていた。
それでも、熱い高ぶりが腿に押しつけられる。

「嫌ならしない」
凛とした声で彼が言う。

でも、苦笑いの表情はとても苦しげで。


躊躇しながら、高ぶりに指を伸ばす。
そっと握ると、彼の口から熱い息が零れた。

「…触ると我慢できなくなる」
苦しげに呻く彼の高ぶりをゆっくりと扱く。

「…っ…は…」
彼が腰を前後に揺すり始める。

「…く…入れちゃうぞ…」
どんどんと息の荒くなる彼。


「…お口でさせて…」
私の言葉に、彼はびくりとして顔を見た。

「…っ…駄目だよ…」
今度は、彼が腰を引く。

黙ったままで、体を下へと滑らせる。
「今度は私がさせて…」


彼の高ぶりは堅く反り返り、
先端は先走りの液で濡れている。

私は、彼の腰を下から両手で抱え込んで、
びくびくと震えるペニスを口内へと導く。

「…ぅ…ぁっ……」
彼の臭いと味が広がる。少し顔を顰めながら、
それを舐め取るように舌を動かす。

「…っ…み…わちゃ…」

震える腰が、ゆっくりと私の上で動き出して口内を犯す。

「…っ…んっ、くっ…んっ」

苦しくて唾液が零れ出す。
それでも、にじみ出る味にまた体が熱くなって。

「…っ…もっと吸って…ぁ…」

吸い上げると、ペニスがびくびくと震えた。
歯を立てぬように、それだけに神経を使う。

フェラチオの経験があまり無くて、上手くできているか心配だった。
それでも、彼は、気持ちいいと何度も口に出してくれる。
私はその高ぶりに必死で舌を絡める。



喉奥をいきなり突かれた、あの彼とのセックス。
昼間、逢ったばかりの彼のことを思い出す。
私のことを、愛してる、と言った。

いつも吐き出すようなセックスで私を汚す彼。
彼に初めて貫かれてから、私の体は彼の玩具だった。

いつもいつも、嘘をつく彼。
それでも、愛してるなんて一度も口に出したことは無かった。


私は、玩具で良かったのに。
貴方の玩具で良かったのに。

貴方は体だけが望みで。
私は体だけ捧げる。

そうすれば、私も傷つくことがないから。
セックスに溺れている間だけ、貴方のことを、欲して。

それで良かったのに。
抑えている感情。


貴方にとって、玩具で、子供で。
それでも、私は貴方から離れられないのに。



私の感情は、口内に今差し込まれている高ぶりへと注がれる。
彼じゃないペニスに汚されながら、私は零れる滴でシーツを濡らした。

「…っ…出そう…」
彼の呻く声で、意識が戻る。

「ぁ…どこに出したら…」
彼の言葉に、深くペニスを受け入れて吸い上げた。

「…っ…あ!!!」
彼の精が口内で弾ける。

我慢しきれずに腰を動かす彼。
喉奥を突かれて、涙が滲む。

私は、絡みつくその精を、幾度も喉を鳴らして飲み干した。



「彼と別れる気、ないの?」

腕枕に包まれて、微睡みの淵にいた私に彼が声を掛ける。

「…彼…」

一哉の言っているのが同い年の彼のことだと気付くまで、少し時間がかかった。

「うん…」

優しい彼の顔が浮かぶ。
行為の最中、一度も思い出すことの無かった彼。


「私…帰らなきゃ…」
気怠い体を起こす。

一哉は、何も言わなかった。



ホテルから出た二人は、今度こそタクシーを探して歩き始めた。
もう明け方近くて、タクシーはなかなか見つからない。
それでも、二人でゆったりと肩を並べて歩いた。


「美羽ちゃん、連絡先とか…聞いちゃ駄目?」

彼の言葉に、少し迷う。

迷いを察したのか、彼が明るい調子で言う。
「一回だけ電話番号言ってよ。俺が覚えられたら、ってことで」

私は、少し早口で連絡先を告げた。
彼は、何度もぶつぶつと復唱してから、よし、と笑顔を向けた。

「電話、するよ」
「…うん」


やっと見つかったタクシーに、一人で乗り込む。
ミラー越しに、立ちつくしたまま見送る一哉の姿が見えた。



『愛してる』

流れる景色を見つめたまま、彼の言葉を思い出す。
強張った心を、ゆっくりと解くように。


どこに真実があるのか、私には判らない。
ただ、いつも。
私の心を支配するのはあなただけ。


泣くまいと引き結んだ唇が震えて、
見開いたままの瞳から涙が零れた。

ぽたぽたと止めどなく零れる大粒の月。

溺れて溺れて。
私は何処に行ってしまうんだろう。




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官能小説「零れる月」 友人(4) 


あの日の逢瀬以来、教師の彼からは連絡が途切れた。


恋人のことを気遣っているのか、真剣に私との別れを望んでいるのか。
それとも、ただ単に業務が忙しいだけなのか…

いずれにせよ、私には知る術もない。


恋人とも、なんとなく距離を置くようになっていた。
学内などで顔を合わせるけれど、あれから部屋には呼んでいない。


少しずつ、私の中で膨らんでいく罪悪感。

どれも選ぶことができずに、流されていく自分が
酷く頼りなく卑怯に思えて。

疑いを口にも出さない恋人の気持ちも
時には鋭く私の胸を刺した。


良には、きっと私のような人間は相応しくない。
それでも、彼の穏やかな笑顔を見る度に、
この人の傍にいたいと強く願う自分がいた。


私は、ただ寂しいだけなんだろうか。
自分の気持ちすらも判らずに、どんどんと心が濁っていく。

いっそ、もっと汚れてしまえれば、いいのに。



一人きりの部屋で、膝を抱える夜が続く。
どんどん思考は暗い方へと流れて。

ルームメイトの彼女が恋しくなった。

誰かに傍にいて貰えれば、少しは気が紛れるのに。
耐えかねて恋人に電話を掛けそうになったけれど、
やはり思い止まって受話器を置いた。

一人が苦しくても、今の顔は彼に見られたくない。



時刻は、夜の十時前。
私は、ソファーに体を投げ出したまま時計を見上げる。

また、彼の電話を無意識のうちに待ってしまう時間帯。

時計の針の音だけが、静かに重々しく自分を支配していく。
耐えられない息苦しさ。


突然鳴り響いた電話の音に、私はソファーから飛び起きた。


どくどくと激しく波打つ胸。
一呼吸置いてから、その受話器へと手を伸ばす。


「もしもし」
できるだけ冷静を装った声。

「あ、美羽ちゃん?俺だよ」

「…一哉くん?」
耳に届く明るい声に、気が抜ける。


「ごめん。連絡無いからこっちからかけちゃったよ。今、平気?」

一哉の気遣う声に、最近緩みっぱなしの涙腺が震える。

「うん…大丈夫…」

「…?どうしたの?何かあった?」

声が震えてうまく返せない。
誰かの声を聞いていたいのに。


「今から行くよ。大学の近くだって言ってたよね?
半時間もあれば着くから」

「え・・・」

「大学に着いたら電話する」
「ちょ・・・」

そのまま、通話が切れてしまった。
私は受話器を握りしめて、瞬きを繰り返す。


強引さが教師の彼と重なって、切なさが溢れる。
私は、その面影を振り払うように首を振った。


でも、誰かに傍にいて欲しい。一人で居るのが耐えられない。

本当に、今から来るつもりなんだろうか。



「…ホントに来たの?」

大学構内の広い駐車場。
車の脇で手を振る彼に走り寄る。

暗闇に沈んだ広い駐車スペース。
彼の黒い車は闇に紛れてしまいそうだ。
隅の方に、置きっぱなしの車も何台か見える。


「や。ごめん。いきなり来て。なんか、声が違ってたからさ」

「ううん…」

「へぇ、此処が美羽ちゃんの通ってるとこなんだなぁ」
彼が、興味深そうに辺りを見回す。

「ちょっと散歩でもする?暗いから何も見えないけど」



彼と肩を並べて、駐車場から講堂へと続く暗い小道を歩き出す。

広く、自然に囲まれたキャンパス。
生活には多少不便だったけれど、
空気の良いこの環境が気に入っていた。

学生の数はそれほど多くないけれど、
中には広いグランドや庭園のようなものもいくつかある。


一哉の通う大学は、街の真ん中の賑やかな場所にあった。
「俺のとこは人多いけど、こんなに広くないよ」


遠くに見える講義棟の窓には、まだ灯りがいくつか点っている。

ゆっくりと歩を進めながら他愛ない会話をして、自然に手を繋いだ。
私はその温もりに安堵する。



狭い道を抜けると、目の前にテニスコートが広がった。

「そこでちょっと話する?」
コート脇の木の下にあるベンチを彼が指さす。

明かりは、頼りなくちかちかと光る電灯一本だけ。
それでも、暗さに目が慣れてきたせいか周りの様子は良く見えた。


並んでそのベンチへと腰掛ける。
繋いでいた私の右手を、彼は膝の上で握り直した。


「何かあったの?」
静かな口調で、彼が私の顔を覗き込む。

「彼氏と喧嘩でもした?」
「…そうじゃないけど」
小さな声で答える。

「…好きな人が居るの…」

私は、独り言のように話し始める。


「好きな人って?彼氏じゃなくて?」
「うん。もうずっと前から…」


彼は、頭の中を整理しているような顔をしている。
「ずっと前って、高校の時とか…」


私は彼の手の温もりを感じながら、ぼんやりとコートに視線を遣る。

「まさか、この間聞いた人?」


どきりとする。
彼の名を口に出したことを、私はすっかり忘れていた。


私の顔色が変わったのを見て、彼の顔つきが変わる。
「ちょっと待って。好きな人って…まさか佐伯のこと?」


即答できない。
否定の言葉がうまく出てこなくて、鼓動が早くなる。


「嘘だろ…佐伯とホントに付き合ってたのかよ…」

彼が大きく息を吐き出す。

「…あいつ…」
憎しみと軽蔑が入り交じったような顔。

「教え子に手ぇだしてたのかよ…」
「…やめて!」


彼の低い声を、泣き声で遮る。

「他の人に話したら許さないから…
先生だけが悪い訳じゃないの…!」


話すんじゃなかった。
このことが、もし学校にでも明るみになってしまったら…
学校だけじゃない。彼の家庭も。


「もし…もしばれたら…」
ぼろぼろと涙が零れる。

自分のしていることがどれだけ恐ろしいことか、改めて思い知らされる。
ただの恋愛、ではきっと済まされないこと。


「…判ったよ…」
弱々しい声を発した彼が、私の手を両手で包み込む。

「誰にも話さない。美羽ちゃんが困るもんな…」


「いいよ。みんな話せよ。我慢してたんだろ?」

彼の言葉に、押し込められていた感情が溢れ出す。
誰にも口に出すことのできなかった私の罪。


肩に回された腕。

私はその温もりに縋って、子供のように泣いた。






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官能小説「零れる月」 友人(5) 


「体の関係は…勿論あるよな?」


私が泣きじゃくっている間、
一哉はずっと私の背を撫でていてくれた。

私の様子が落ち着くのを見計らって、
彼は優しい声で問い始める。


「…うん」
「そう。まさか初めてだったとか」

「……」
「…ふぅ」

一哉は、私の体を抱いたままため息をつく。

「美羽ちゃんには悪いけどさ。遊びだと思うぜ」


自分の中で言い聞かせていた言葉だけれど、
第三者から言われるとやはり胸が痛む。


「あいつの何処が良かったんだか」
忌々しそうに呟く彼。

「初めての相手だから…特別だと思ってるだけだよ」


そうなんだろうか。
私は、冷静さを取り戻した頭で彼のことを思う。

何も知らなかった私。
強引な彼に流されるまま、ずるずると関係は続いてきた。

体を重ねることで、私のバランスは保たれるけれど
それは、恋愛の感情とは別なのかもしれない。


「美羽ちゃんは被害者だぜ」

私を守ろうとする彼の言葉が、
どんどん私を惨めにしていく気がする。


彼に対する感情の渦は、愛ではないの?
彼の言葉も、やっぱり嘘なんだろうか。

玩具で良いと思っていたのに。

いつの間にか、私は他のものを欲しがりかけていた。
彼が愛をちらつかせる度に、私のバランスは崩れていく。

求められたくて、求めたくて。
この衝動は、もう理性では抑えきれない。


「彼氏は?気付いてないの」
「…判らない。でも、何も言わないから…」
「…お気楽な彼氏だな」

彼がため息を吐き出す度に、私の髪が揺れる。

彼の鼓動は熱くて早い。

怒っている様子が窺えるけれど、
その感情の荒々しさが私を安心させた。


「とてもいい人なの。私には勿体ない」
「へぇ」

彼は何か言おうとしたけれど、
その言葉を飲み込んだようだ。


「美羽ちゃんは…これからどうしたいの?」


これから…?

私は、温もりの中で熔けていく頭で考える。
これから、私はどうなるんだろう。

私の気持ち、では何もかもどうにもならない気がした。
この感情の渦から逃れたい。ただ、それだけ。



「抱いて欲しい」

私の口から出た言葉に、彼は抱く腕の力を強めた。
私の意図が伝わっていないようだ。


「ホテルに行きたい」

はっきりと口に出す。
彼が驚いて体を離す。


「なに…ヤケになってるの?」
苦笑しながら、彼がまっすぐ私を見据える。


「…駄目。今やると、俺仲間になっちまうから」
彼は、私の右手を握りしめ、もう一方の手で頬を撫でる。

「俺はさ、ちゃんと付き合いたいんだよ」


彼の困惑する表情を、見つめる。

私は、自分だけではなく、
人の感情にも鈍感になっているのかもしれない。


それでも、恐ろしいほどに静まりかえった胸。

まるで、嵐をやり過ごすために固く閉じたシェルターの中のように。
彼の言葉も、私の上をあっさりと通過してしまう。


「抱いてくれないなら…いい」
「美羽ちゃん…」


「…君のこと泣かせないからさ、俺と付き合ってくれない?」

真剣な眼差しに、私は言葉を返せない。
今欲しいのは、愛情ではなくて確かな温もり。


「とりあえず、佐伯とは別れろよ…」
言葉を発しない私に、彼は声を落とす。

「彼氏と今すぐ別れろとは言わないから」



私は、ゆっくりと立ち上がる。
私の手が、するりと彼の手の中から抜けた。

「ありがとう」

感情のこもらぬ声で告げると、
私は彼に背中を向けて歩き出す。

彼は、何か考え込んでいるのか
ベンチに座ったまま動かない。


私は空虚な気持ちのまま、来た道を一人で戻り始める。

今、何時だろう。ぼんやりとそんなことを考えた。
心も、体も、感覚を失ってしまいそうで涙が滲む。



「待って」

突然背後から腕を掴まれて、はっとする。
振り返り、その表情を見上げる。

「…行こう」
意を決したような彼の表情。


来た時よりも、乱暴で、熱い手を繋ぐ。

引っ張られるように、私は彼の車の方へと向かった。







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出会い